ていねい歴史Our History

うれしかったことも、つらかったことも。思い出すと、どれも、ていねいな歴史でした。

1997年に初めて「くろ源」を発売してから約20年。
そこから数えきれないくらいの挑戦をしてきました。
過去を振り返ってみると失敗のほうが多いくらいです。
その積み重ねの上に、今の私たちがあります。
普段、何気なくお届けしているヒット商品の数々は、そうした物語の中から生まれてきました。
いい話ばかりでは、ありません。
でも、よかったことも、そうでなかったことも包み隠さずお伝えします。
それこそが、ていねいの歴史そのものだと思うのです。

沿革

  • 1969-2001

  • 2002-2004

  • 2005-2007

  • 2008-2010

  • 2011-2013

  • 2014-2017

1969 to 2001

1969.8.7

「ていねい通販」社長古賀淳一、福岡の古賀家三人兄弟の次男として誕生。

1981

中学入学後、野球を続けながらも普通は経験できないスゴイ事をたくさんする。

1985

高校入学後、真剣に野球に打ち込む。

1987

夏の大会で敗れた後、大学進学と起業家になる事を決意。

1989

アメリカ大陸横断を決行。荷物はリュックとパスポート、そして片道切符。約3ヶ月旅を続けた。

1992

大学卒業後、大阪へ。某専門商社へ入社後、師匠の一人「S氏」に出会い営業と商売を学ぶ。 入社時に「必ず5年で退社し、独立する!」と人事部長に宣言。

1997.6.17

夢の実現のために、西区京町堀の福岡ビルに(株)生活総合サービスを設立。

1997.7.2

(株)生活総合サービスの営業を開始。5坪の事務所がすべての出発点。午前9時12分、「岡山市のT・Wさん」より初めての注文電話が!「くろ源」2袋をご購入いただく。最高の喜びだった。

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一番最初のお客さま

はじめて広告を出したのがこのときだった。産経リビング新聞社が発行するフリーペーパーの、わずか15万円の小さなスペース広告。
しかし、売上のない当時、「チャレンジ」というより「ギャンブル」に近かった。徹夜明けの広告掲載当日、結局30件ほどの注文が入った。電話回線は一本しかなかった。嬉しくて全部自分で取った。初受注のとき、「本当にくろ源でいいんですか」と二回も聞き直した。相手は笑いながら、「そんなに自信がないのならいらない」と言った。心から御礼を言うと「がんばりや」と言ってくれた。古賀は今もそのひとことが、忘れられない。

1997.9.2

9月の売上270万円。赤字だった。今の1日の1/7の売上が、当時は月商だった。

1998

【第1期終了】売上3800万円
赤字だった。しかし何故か根拠のない自信が支えだった。

1998.12

2期より黒字に。初の社内旅行としてハワイへ出発。しかし出発直前に大クレーム発生!
ハワイ滞在中、大クレームの処理について頭が一杯で本当にハワイの記憶がなく、帰国後直ちにクレーマーのところに行き監禁されたが逃げずに対処した事で解決できた。本当に怖かったが、また自信にもなった。クレームから絶対逃げない!!!

1999.3

【第2期終了】売上1億6千万円
☆「くろ源」に続く新商品「にんにくオリーブ」を発売。

2000.3

【第3期終了】売上2億7千万円
売上が伸びたが利益が出ず、資金繰りに悩まされることに。
古賀社長、この時期「心臓病WPW症候群」と診断される。心身ともにもっともキツかった年となる。

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借金はしない

新規顧客の開拓には「無理にでも広告を出す」ことが必要だった。売上は上がり忙しいが、出費はさらに多かった。銀行からの申し出もあった。しかし、借金はしなかった。すると、それに甘えてしまう気がした。お金がないなら工夫で売り上げる。900人の顧客とより深く付き合うことを考えた。2個の注文を、3個に。小さな努力の積み重ねは、必ず報われると信じていた。以来現在まで、無借金経営が続いている。

2000.4

☆現状打破として「花びより」を発売。全く売れず。
自信を失いかけた時期に師匠の一人「K氏」と出会う。

2000.9

☆「玄麦黒酢つぶ」発売。そこそこ売れる。
再び自信を取り戻す。病気も治る。一気に攻めのステージに突入。

2000.12

決算月を3月より12月に変更。
【第4期終了】売上2億3千万円
数字は良くなかった。しかしこの時期、年商10億がはっきりとイメージできた。
☆「根っから元気」発売。

2001.8

☆「にんにく青汁粒」発売。

2001.9

この年の9月迄は社内で午前に注文の入力、午後から発送のための伝票出しをしていた。
また、昼からはパートと派遣の主婦3~4名+社員で発送をしていた。

2001.10

福岡発送センター設立。

2001.11

☆「すっぴんべっぴん黒石けん」発売。一気に成長カーブ描く!!

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健康食品との別れ

この頃から、大手企業が健康食品をサプリメントと呼び、大々的に展開し始めた。豊富な資金をバックに、積極的に広告展開されては、勝ち目はなかった。くろ源を筆頭にいくつかの健康食品を持っていたが、広告稿をすべて止めた。そして、健康食品との別れを宣言した。社員は驚いた。これまでついてきてくれたお客様に次はどんな価値を提供するか?顧客リストを眺めているうち、化粧品だと思い至った。それから3ヶ月後、黒石けんは生まれた。

2001.12

【第5期終了】売上4億8千万円
この年末時点でチームのスタッフは計5名。これでなんとかこなしてきたが1月末以降の展開には一抹の不安があった。
不安なまま第6期へ突入。